トランプ政権の移民政策とアメリカの分断:キルマー・アブレゴ・ガルシア問題の教訓

トランプ政権の移民政策とアメリカの分断:キルマー・アブレゴ・ガルシア問題の教訓
A view from the Oval Office

トランプ大統領、ICEによる送還を擁護

トランプ大統領の主張

2025年4月18日、トランプ大統領は、エルサルバドルの刑務所に送還されたキルマー・アルマンド・アブレゴ・ガルシア氏(29)が国際テロ組織MS-13(マラ・サルバトルチャ)のメンバーであると主張しましたが、その証拠の信憑性については議論が続いています。

ギャングのメンバーであるという証拠とは

トランプ大統領は、アブレゴ・ガルシア氏がMS-13ギャングのメンバーであると主張しています。その根拠として、アブレゴ・ガルシア氏がシカゴ・ブルズのキャップを被っている事やアブレゴ・ガルシア氏のタトゥーがMS-13ギャング特有の「見ざる、聞かざる、言わざる」の三猿を象徴する図案や「チェケオ」という上位階級または新人を表す図案を含んでいることを挙げています。一方、シカゴ・ブルズのキャップはファッションアイテムでもあり、またタトゥー表現は自由な自己表現でもあるため、ギャングとの直接的な関係を示すものではないとの見方もあります。

帰還手続きは進まず

キルマー・アルマンド・アブレゴ・ガルシア氏はメリーランド州のアメリカ市民で、仕事の許可もありましたが、2025年3月の移民関税執行局(ICE)による不法移民逮捕、強制送還措置の活動中にエルサルバドルに送還されました。アブレゴ・ガルシア氏は当初収監されていたエルサルバドルの最厳重テロ対策施設(CECOT)からサンタアナ地域のセントロ・インダストリアルという刑務所に移送され、現在は個室を与えられているとのことです。アメリカ政府は、この送還を一旦「行政上の手違い」と発表しましたが、アブレゴ・ガルシア氏は既に国外におり、政府が彼を帰還させる権限は無く、決めるのはエルサルバドル政府だとしており帰還手続きは進んでいません。一方、米最高裁判所は政府にアブレゴ・ガルシア氏の帰還を促進するよう命じています。

エルサルバドル大統領がトランプ大統領と会談

2025年4月14日、トランプ大統領とエルサルバドルのナジブ・ブケレ大統領はホワイトハウスで会談しましたが、ブケレ大統領は、アブレゴ・ガルシア氏を米国に帰還させる事を拒否しました。

地元議員がエルサルバドルを訪問

2025年4月17日、クリス・ヴァン・ホーレン上院議員(メリーランド州、民主党)※1 はエルサルバドル副大統領と交渉し、アブレゴ・ガルシア氏との面会を実現させました。

ホーレン議員は帰国後、アブレゴ・ガルシア氏の妻ジェニファー・バスケス・スーラさんと共に記者会見を開き、アブレゴ・ガルシア氏が不当に国外追放されたと主張し、トランプ政権の移民政策を批判しました。

ところが、スーラさんが過去にアブレゴ・ガルシア氏から家庭内暴力を受けたとして、警察に接近禁止命令を申請していたことが発覚し、この問題を複雑にしています。(アブレゴ・ガルシア氏の擁護派によると、夫婦はその後速やかに和解していると主張しています)

アメリカの分断が浮き彫りに

移住の経緯

キルマー・アルマンド・アブレゴ・ガルシア氏はエルサルバドルで板金工として働いていたとされており、アメリカ移住後もこの仕事を続けています。また、アブレゴ・ガルシア氏はエルサルバドルでMS-13と敵対するバリオ18から命を狙われていたとされています。アブレゴ・ガルシア氏の弁護団によれば、彼の家族や事業がこのギャングから脅迫を受けていたためアメリカへの逃亡を余儀なくされたという事です。アブレゴ・ガルシア氏がアメリカで送還保護の資格を得たのは、ギャングから命を狙われていることが「十分な根拠」として認められたためだと言われています。

メディア報道

保守メディア(フォックスニュース他)は、アブレゴ・ガルシア氏について過去の疑惑を取り上げ、MS-13ギャングのメンバーとして描き、リベラルメディアは、全般的にアブレゴ・ガルシア氏を誤って強制送還された普通の家族を愛する父親として報じています。一方、リベラルメディアのCNN等は不法移民の人権や政策の問題にフォーカスしており、敢えて保守派のコメンテーター(スコット・ジェニングス氏※2 他)を番組に招く等、視聴者が偏向なく情報を得られるように工夫しています。

トランプ大統領はアブレゴ・ガルシア氏の強制送還について彼がMS-13のメンバーであると主張し正当性を訴えています。しかし、この主張の法的根拠については議論が続いており、送還時の手続きが適切に行われたかどうかが今後の争点となりそうです。いづれにせよ、この事案はアメリカ国民が現政権の移民政策を巡り大きく分断されている事を浮き彫りにしています。

注釈

※1 クリス・ヴァン・ホーレン(Chris Van Hollen)

アメリカ合衆国の政治家、メリーランド州選出の上院議員。1959年パキスタンのカラチ生まれ。スワースモア大学で学士号を取得後、ハーバード大学で公共政策の修士号(MPP)、ジョージタウン大学で法学博士号(JD)を取得。彼は民主党に所属、メリーランド州下院議員、メリーランド州上院議員を経て、2017年から連邦政府の上院議員として活動しています。現在、彼は発泡プラスチック製品の使用を禁止する法案を共同提案する等、環境問題に積極的に取り組んでいます。

※2 スコット・ジェニングス(Scott Jennings)

アメリカ合衆国の保守派の政治戦略家、ライター。1977年ケンタッキー州プリンストン生まれ。ルイビル大学で政治学の学士号を取得。彼はジョージ・W・ブッシュ政権下で大統領特別補佐官を務め、ミッチ・マコーネル上院議員の顧問としても活動しました。CNNやUSA Today、ロサンゼルス・タイムズの寄稿者としても知られています。彼はケンタッキー州最大の広報会社の共同創設者でもあり、ルイビル・クーリエ・ジャーナル紙でコラムを執筆しています。現在、彼はアメリカの移民政策、メディアの論評で注目されています。

参考

各国の関係

2025年2月、エルサルバドルは米国と強制送還者(国籍を問わない、ギャングメンバー、重罪犯含む)受入れの合意および有償契約を締結しました。ナジブ・ブケレ大統領はこの契約料(年間600万ドル)で刑務所の維持・管理費用を補う事を念頭に置いていますが、ギャング組織や凶悪犯を収監する事で国内の治安を改善する狙いがあります。この合意は「刑務所制度のアウトソーシング」として議論を呼びました。

2025年3月、米国移民関税執行局(ICE)によってベネズエラの国際テロ組織トレン・デ・アラグアのメンバー約238人がアメリカ合衆国からエルサルバドルに移送され、厳重な刑務所(CECOT)に収監されました。この移送はアメリカとエルサルバドルの間で合意された犯罪抑制政策の一環として行われました。

2025年4月20日、エルサルバドルのナジブ・ブケレ大統領はベネズエラ政府に対し、マドゥロ大統領の再選に反対してベネズエラで拘留されている政治犯と米国からエルサルバドルに強制送還されたベネズエラ人全員との交換を提案しましたが、ベネズエラ政府はこの提案を拒否しており、エルサルバドルで収監されているベネズエラ人全員の即時釈放を要求しています。

エルサルバドル

政治:
ナジブ・ブケレ大統領による保守的な政権。現政権は治安対策やギャング撲滅に強硬な姿勢を取っています。エルサルバドル内戦(1980-1992年)の間、アメリカはエルサルバドル政府に多額の軍事支援を行いましたが、人権侵害を助長したとの批判もあります。

国の概要:
中央アメリカに位置する国。首都はサンサルバドル。1821年にスペインから独立した後も多くの紛争を経て現在に至ります。マヤ文明の影響を受けた文化やコーヒー産業が有名です。

ベネズエラ

政治:
ニコラス・マドゥロ大統領による左派政権。社会主義国家として計画経済政策を行っています。アメリカとベネズエラは石油やイデオロギーで対立しており、マドゥロ政権に対するアメリカの制裁等で関係が悪化しています。アメリカはベネズエラの反体制派を支援しています。

国の概要:
南アメリカの北部に位置する国。首都はカラカス。1811年にスペインから独立、石油埋蔵量が世界一と言われていますが、経済はハイパーインフレや政策の混乱で課題を抱えています。