チャペル・ローン、ウェストハリウッドの姫が訴える音楽業界の不条理とは

チャペル・ローン、ウェストハリウッドの姫が訴える音楽業界の不条理とは
Portrait of Chappell Roan

2025年2月2日、グラミー賞授賞式で「最優秀新人賞」を受賞したチャペル・ローンは、スピーチで音楽レーベルや音楽業界に対し、アーティストに「生活可能な賃金」と健康保険を提供するよう強く訴えました。彼女は、所属レーベルから契約解除された際に雇用主提供の健康保険を失い、医療へのアクセスが制限されたことで「人間らしさを失った」と感じた経験を語りましたが、アメリカの公的医療保険制度(メディケア・メディケイド)は、特定の条件を満たす人々を対象としており、一般的な若い失業者は対象外となる場合が多く、また民間の健康保険は保険料が支払えず加入できないため、医療サービスが高額となり受診が困難になってしまいます。彼女の発言はアーティストの待遇改善や労働環境の問題についての議論を活性化させました。特に、健康保険や生活賃金の提供を求める声が高まり、多くのアーティストや業界関係者がこの問題に注目するきっかけとなりました。

Chappell Roan demanded healthcare and living wages in Grammys speech
Chappell Roan used her Best New Artist speech at the 2025 Grammys to demand healthcare and living wages. Read her full speech here.

現在、音楽業界ではSpotifyなどの主要なストリーミングプラットフォームが市場を支配しており、アーティストが公正な報酬を得ることが難しい状況が指摘されています。ストリーミングサービスは再生ごとに直接アーティストに支払うのではなく、収益を権利者(主にレコードレーベル)に分配する仕組みを採用しているため、アーティストに届く金額は非常に少なく、生活を支えるのが困難です(1回の再生でアーティストが得られる収益は平均して約0.003ドル)。さらに、ストリーミングサービスのプレイリストやアルゴリズムが独立系アーティストや小規模レーベルにとって不利な状況を生み出しているとの批判があります。具体的には、アルゴリズムが人気のある楽曲やアーティストを優先的に推奨するため、独立系あるいは小規模レーベル所属のアーティストが目立つ機会が減少することが挙げられます。

一方で、この状況を改善しようとする動きも見られます。音楽業界の労働条件を改善するための「ミュージシャンのための生活賃金法」は、ストリーミングプラットフォームに課税し、その収益をアーティストに直接分配する新しい仕組みを提案しています。この法案は、アーティストが1ストリームあたり1セントを受け取れるようにすることを目指しており、音楽業界の持続可能性を向上させると期待されています。

※ミュージシャンのための生活賃金法(Living Wage for Musicians Act)
この法案は民主党ラシダ・タリーブ議員(ミシガン州)らによって起案され、2024年3月20日に米国下院議会に提出されました(共和党議員は一般的に市場への介入を嫌う傾向があります)。タリーブ議員は、労働者の権利や経済的公正を主張しており、また地元デトロイトが音楽の根付いた街であることから、この法案を提案したと考えられます。現在、この法案は下院司法委員会で審議中ですが、様々な逆風に遭い難航しているようです。

※ 2025年のグラミー賞でCHAPPELL ROANが「PINK PONY CLUB」をライブで演奏する様子をご覧ください

参考:

チャペル・ローン(Chappell Roan 本名:Kayleigh Rose Amstutz)
1998年アメリカ合衆国ミズーリ州ウィラード生まれのシンガーソングライター。彼女はYouTubeで楽曲を公開し注目を集め、2017年にAtlantic RecordsからEP「School Nights」でデビューしましたが、商業的に成功せず、レーベルを離れました。その後、インディペンデントアーティストとして活動を続け、2020年にリリースした「Pink Pony Club」がクィアカルチャーを祝福する内容として注目されました。2023年にはIsland Recordsからアルバム『The Rise and Fall of a Midwest Princess』をリリースし、批評家から高い評価を受け、カルト的な人気を博しました。2024年にはシングル「Good Luck, Babe!」が大ヒットし、彼女のキャリアをさらに押し上げました。彼女はドラァグクイーンやキャンプ的な美学に影響を受けた独自のスタイルで知られています。彼女は自身がレズビアンであることを公表しており、そのセクシュアリティを音楽やパフォーマンスで表現し、LGBTQコミュニティに希望を与える存在として評価されています。また、彼女はオリヴィア・ロドリゴとの親交が深いことでも注目されています。2024年8月、カリフォルニア州イングルウッドで行われたロドリゴの「GUTSワールドツアー」公演では、彼女の楽曲「Hot To Go!」を二人でデュエットしており、ロドリゴは彼女を「最も刺激的でパワフルなアーティストの一人」と称賛しています。